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音楽の話はここで書くかもしれません

ライル・メイズの音楽と思い出

チック・コリアの思い出を書いたら、ライル・メイズについても語りたくなってしまったので勢いに任せて書いてみます。

昨年、とても辛いあるミュージシャンとの別れがありました。
2020年2月10日にこの世を去ったピアニスト、作曲家のライル・メイズ(Lyle Mays)。66歳、とても早すぎる死でした。ジャズの世界では間違いなくビッグネームのひとりであるライル・メイズですが、一般的にはそこまで名前が知られている訳でなく、チック・コリアのようにその訃報が大きく報じられることはなかったように記憶してます。
私自身、最近はここ数年は以前ほど音楽関連のニュースを追っていなかったこともあり、そのことを知ったのは数日が経ってから。知人たちとの食事の席で、音楽の話題で盛り上がった初対面の方から話を聞かされ、驚きつつスマートフォンで検索、ショックのあまりしばらく放心状態でした。

ライルの活動としても最も広く知られているのは、ギタリストのパット・メセニーが率いたパット・メセニー・グループ(Pat Metheny Group:以下“PMG”と表記)メンバーとしてでしょう。グループ名にパット・メセニーの名前入っていることから分かるようにグループリーダーは確かにパットなのですが、このグループの音楽的な世界観を構築する上で欠かせなかったのが、このライル・メイズという音楽家の存在。ライルの最初のソロアルバム『Lyle Mays』より「Highland Aire」、PMGのサウンドをご存知の方ならば、あの世界をどれだけライルが支えていたかがすぐお分かりになることかと思います。

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このライル・メイズと私の出会いは当然、大ファンでもあるパット・メセニー・グループなのですが、その名前を知ったのはもう少し前のこと。1992年頃のJTのテレビCM(Peace Lights BOX)で、ブルーの背景をバックにガットギターでボロディンの「ダッタン人の踊り」(のカバー曲「アズール」)を弾いていたジャズ・ギタリストの天野清継氏、40代以上の人なら覚えているかもしれません。今では考えられませんが、当時はこんなオシャレなタバコのCMがあったのです……。

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当時まだ高校生だった私もその大人っぽい雰囲気に惹かれたのか、この曲が収録された天野清継氏のデビューアルバム『Azure』を購入。当時買っていた音楽雑誌(『キーボード・マガジン』か『キーボード・スペシャル』)に天野氏の共同制作者でもあるジャズ・ピアニスト国府弘子のインタビューが掲載されいて、そこで国府氏のフェイバリット音楽家として名前が上がっていたのがライル・メイズでした(掲載順序は覚えてないのですが、ライルと国府さんの対談もあったはず)。
ギタリストの天野氏とピアニストの国府氏、この2人の関係はまさにパット・メセニーとライル・メイズのそれと重なるもので(今にして思えば「Azure」の伴奏も「Phase Dance」っぽい?)、インタビューでも確かパットとライルのパートナーシップを理想としている…… 的な話が語られていたように記憶しています(記憶違いでしたら申し訳ない)。

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当時の自分にとってギタリストとピアニスト(キーボーディスト)の理想的な関係といえば、ジェフ・ベックとヤン・ハマー(あるいはイングヴェイ・マルムスティーンとイェンス・ヨハンソン)のように激しく火花を散らすソロバトルを繰り広げるものであり、自らが表に立つ訳でなくバンドの世界観の構築に献身的なピアニストと自由奔放なギタリストという構図は(これは完全に誤解ですが)そこまで心惹かれるものではありませんでした。若かったのです……。

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……そんな自分もいつしかパット・メセニーの音楽にのめり込むようになり、改めてこのライル・メイズの存在の大きさを知るようになるのですが、パットやライルについて語ると永遠に終わらないので、ライルと私個人の思い出に絞ってもう少し……。

ライル・メイズという音楽家はピアニスト、作曲家としても卓越していましたが、シンセサイザーやサンプラー、シンクラヴィアなど最新機材の扱いに長けたアーティストで、その特徴的なシンセサイザーのサウンドはライル自身のみならずグループ(PMG)のトレードマークになっていたほど。特にライルのシグネチャートーンとも言える木管楽器のようなシンセリード。初期はオーバーハイム社のアナログシンセを使っていたとされるこの音色は、後に市販デジタルシンセのプリセットサウンドに、「LM Lead」のようなパッチネームで搭載されるほどの定番サウンドとなっています。

パットとライル、ふたりの名義によるアルバム『As Falls Wichita, So Falls Wichita Falls』収録の「It's For You」はこの音色が使われた代表曲のひとつ(下の動画の最初に演奏されている曲が「It's For You」。シンセリードを担当するオーバーハイム(4 or 8-Voice)やシーケンシャルサーキットのProphet-5を操るライルの姿を見ることができます)。

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パット・メセニーと親交のある矢野顕子のアルバム『WELCOME BACK』にはこの曲のカバーが収録され、原曲でライルが奏でたシンセリードは矢野さんの声により歌い上げられています。ギターはパット・メセニー本人が参加。

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時代によってこの音を奏でたシンセは何度か変遷しているのですが、1980年代の中頃から90年代にかけてライル・メイズが使っていたのがRoland社のJX-10(Super JX)。後になって私自身も単純なファン心理からこのシンセを中古で購入し、実際に殆ど使うことはなかったのですが、今も実家に保管してあります。本当にただのファンアイテムです。

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実家に置きっぱなしですがどうしたものか……

この動画でライルのグランドピアノの上に載っているのがJX-10。

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私が最初にPMGのアルバムを買ったのは95年の『We Live Here』ですが、そこから熱心なファンになるまでもう少し時間がかかり、実際に生で見たのは2005年のアルバム『The Way Up』のツアーによる来日公演でした(生パットはもう少し前にソロ等で見ていました)。結果的にこの『The Way Up』がPMGの最後のオリジナルアルバムとなってしまい、何度か機会があった90年代の来日を見ていなかったことを大いに後悔するのですが、とにかくこの東京国際フォーラムで見たThe Way Up Tourが衝撃的に素晴らしく、公演中何度も客席で涙を流したことを今でも覚えています。

このツアーの韓国公演は映像化もされているので、ぜひ多くの人に見て欲しい作品。1曲68分の壮大な音絵巻。始めてこのアルバムを聴いた際にも、1時間が一瞬のうちに過ぎ去るかの時間感覚を失ったかの衝撃を受けましたが、この曲が目の前で演奏される現場に居ることができたのは本当に幸せな体験でした。

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The Way Up Tourを最後にPMGはほぼ休止状態となるのですが、2008年から2009年にかけて一度PGMが最小限編成の4人でツアーを行ったことがあり、日本のブルーノート東京でも来日公演を行いました(内容は懐メロ祭り的なものでしたが)。私はこの公演に2回行くことができたのですが、うち1回はライルのブースの真横でライルがピアノやシンセ(KORG TRINITY plus)、オートハープを操る姿を夢見心地で眺めていました。このときの懐メロPMG、日本以外でもツアーを行っていたはずなのですが、殆ど映像が残ってないのが残念です……。

パット・メセニーは非常にアグレッシブな音楽家なので、その後も何度も目にする機会があったのですが、ライル・メイズの方はあまり表舞台に出たがらないタイプなのか、PMGの活動が鳴りを潜めてからはほぼその活動を耳にすることがなくなりました。
2013年にパットが発表した『The Orchestrion Project』ではシーケンサーで同期する生楽器の自動演奏(説明が難しいので映像を見てください)でPMGを思わせるサウンドをパットひとりで作り上げてしまい、この頃のライルはオーケストリオンに関してコメントを求められることにかなりナーバスだったという話も耳にしています(あるインタビューが途中で中止になったとも)。

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余談ですが、オーケストリオンの来日コンサートも素晴らしかった! 最後にはPMGの曲(Stranger In Town)もやってくれたし……。
余談ついでにテレ東の音楽バラエティ『タモリの音楽は世界だ』にパット・メセニーとPMGが出演して、この「Stranger In Town」を演奏したことがあります(恐らく95年のWe Live Here Tourのタイミング。ドラマー、ポール・ワーティコの奥さんが産気づいたため急遽帰国し、トラでジョナサン・ジョセフが叩いている…… のだと思います)。出演の経緯は分かりませんが、機材もとてもシンプルでパットのアンプはJC、ライルはアコピのみ、スティーブ・ロドビーも珍しくエレベを弾いています。

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私が久々にライルの姿を目にしたのは、2011年にカリフォルニア工科大学で開催されたTEDxCaltechへの出演。コンピューターを用いた実験的な即興演奏の映像が配信されたのですが、この演奏も非常に素晴らしく一時はこのグループでのレコーディングがないものかと期待をしていました(もしかしたらこの演奏が、公式なライル・メイズの最後の演奏活動かもしれません)。

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音源では2016年に突然、発売されたライル・メイズ・カルテットの2枚組ライブアルバム『The Ludwigsburg Concert』。録音は1993年のもので、メンバーは マーク・ジョンソン、ボブ・シェパード、マーク・ウォーカー。演奏されているのはこの同年にリリースされたアルバム『Fictionary』からの曲が中心。この『Fictionary』ですが、PMGでの縁の下の力持ち的存在やテクノロジー巧者であるライルのイメージとは少し異なる(?)ジャズ・ピアニストとしてのライル・メイズの一面を存分に楽しむことができる作品。知的でリリカル、ときに鮮やかに歌い上げるライルのピアノを堪能することができます。

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もちろんこのライブ盤も聴き応え抜群で、ここ数年は年に何度か聴き返す愛聴盤になっていたのですが、遂に新たなライルの音楽、演奏を聴くことなく、旅立ってしまいました。
私自身いつの間に歳を重ね、若い頃から好きだったミュージシャンが亡くなってしまうことが増えましたが、ライルの死による喪失感はとても大きく、未だに心に大きな穴が空いてしまったような状態。ましてや長年の盟友だったパットが大丈夫なのか、ファンとしても心配でなりません。

先程余談として貼った『タモリの音楽は世界だ』動画の中で俳優の佐野史郎がジョニ・ミッチェルのライブ盤『Shadows and Light』(恐らく世界一バックバンドが豪華なライブ)の話題を出してしますが、この名作ライブで演奏していたメンバーのジャコ、マイケル・ブレッカー、ドン・アライアスに次いで、ライルまでも鬼籍に入ってしまいました。残りのメンバーを呼び寄せるのは当分先のことにして貰うことにして、今しばらくはカルテットでのセッションを楽しんで欲しいものです。

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ライル・メイズの思い出は全く語り足りてないのですが、少々長くなってしまったので今回はこの辺で。
最後にライルのサイドワークの中から好きな1枚を紹介。PMGの『The Way Up』にも参加していたブラジルのギタリスト、ナンド・ローリアのアルバム『Points Of View』にライルが参加しています。全曲ではないのですが、とにかく存在感が抜群でピアノを聴けばすぐに分かります。ペドロ・アスナール在籍時のPMGやトニーニョ・オルタを彷彿とさせるサウンドで夏になると聴きたくなる作品です。

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STREET DREAMS

STREET DREAMS

  • アーティスト:Lyle Mays
  • 発売日: 1993/03/25
  • メディア: CD
Fictionary

Fictionary